Collaborated with 設計事務所ゴンドラ
2025年大阪・関西万博
「フューチャーライフエクスペリエンス(FLE)」において、国際連合工業開発機関(UNIDO)の展示の一環として参加。
以前に勤めさせていただいた設計事務所「ゴンドラ」小林代表のお声がけにより、展示設計を協働した。
というのも、以前にゴンドラだったとき山の公園にトイレを設計したから。
その時の山のトイレの設計条件は単純、「水が使えない」。
水が使えない。
いまどき、新しく作られるトイレが、水が使えないなんてことは、ほぼ無い。
だって、臭い。
水に流せない、水に沈めわれないってことで、トイレ環境は激変する。
かなり耐え難い、真夏は目に沁みる。呼吸ができない。
でも、だ。
たとえば開発途上とされる国々で生活されている方々は、下水道のようなインフラに助けてもらうことはできない。
最悪、川に垂れ流し、その下流で生活用水を汲み上げる、なんてこともあり得る。命にかかわる。
普段僕らが感じていない「便利」というものは、実は身の回りにたくさんある。
あまりに当たり前すぎて、それが何かに支えられて成立していることにも気がいかない。
僕はキャンプが好きだ。
キャンプの楽しみのひとつが「不便に直面したとき、それをどう楽しむか考える」
というものである。
西日がきつければ、それを遮りつつ視界を邪魔しないようにタープを調節する。
夜になってしまうと肉が焼けているかわからないので、ランタンを使う、暗くなる前にゴハンを食べる。
料理をするために火をつける、火が付きやすいように丁寧に焚き木を組む。
雨が降っているから、風が強いから、暑いから、などなど。
そんな様々な「不便」を知恵と経験で「楽しむ」に代える。
そう、これはがっつりレジャーのハナシ。
でも、それが日常の人々にとってみたらどうだろう。
でも、それが突然の災害に見舞われ、日常にとって代わったらどうだろう。
楽しむとかない、生きることに全力になるしかないかもしれない、明日を悲観するかもしれない。
この展示では、インフラへの依存を低減できる「バイオトイレ」を紹介している。
しくみは、オガクズに排泄物を吸着してもらい、オガクズ内の微生物により最終的に堆肥化するトイレ、というもの。
つまりは下水道がいらない。
オガクズは臭いも吸着してくれるので、目に沁みない、息もできる。
堆肥化したオガクズはそのまま肥料として植物や森の栄養とすることもできる。
森が育ったら伐採して林業して収益にして生活が豊かになる。
伐採や製材で出たオガクズはまたトイレに使われる。
トイレが森をつくり、森が産業をつくり、オガクズが衛生をつくる
そんな未来を想った。そしたら小さな森の中で排泄するドローイングが出来た。
森の中に便器がある、その周りにさまざまな植物があり、排泄が森を育てるイメージとした。
展示用の小さな森は、ぐるっと周囲を歩くことが出来て、正面以外の面からは断面でオガクズが観察できる。
そういうイメージだった。
意気揚々と紹介した。
場が湧く、そしてひとつの空気が流れる「コレ、野○○じゃない?」
そう言ってないかもしれない。でも僕にはそう聞こえた。確かに。納得した。
そこからが面白かった。
「あなたのアレが金の卵に」
排泄物というワードにはばかり、アレ、と呼称。
ちなみに「はばかり」はトイレという意味もあるねと納得。
オガクズで生まれ変わるアレのバイオトイレを、金の卵、と。
そうしてこの展示は創られた。
展示中は登壇する機会もいただいた。
全てのトイレがバイオトイレになればよい、
とは正直思ってはいない。
でも、これからの社会は小さな価値観や、小さな解決方法が多様に選択できて良いと思っている。
開発が進まずインフラが無い、
山や海や離島やなんなら空で快適に排泄をしたい、
災害時でも清潔で安全にトイレが使いたい。
バイオトイレはそのような要望に応えるひとつの在り方と実感できる展示になって良かったと思う。
展示に訪れた方々に少しでもそれが伝わればと願う。
トイレも建築も価値観も生き方もそういう多様選択制で良いと思う。
ちなみに、展示の後でバイオトイレ付きの集合住宅について意見交換をする機会があった。
バイオトイレは生ごみも分解する。
普段は生ごみ処理用として集合住宅の各階にバイオトイレが設置されていて、
日常では捨てるゴミを少なくし、各階には緑化がされていて、都市における緑化の肥料となる。
災害時は各階共用のトイレとなり、安全で衛生的な環境の助けとなる。
そういう集合住宅もいいな、とニヤニヤした。





